エルキュール・ポアロも驚いた、イギリスの伝統料理
エルキュール・ポアロは、イギリスの小説家アガサ・クリスティが書いた長編推理小説シリーズの主人公の探偵。
『オリエント急行の殺人』『ナイル殺人事件』などは映画化もされたので、古典的推理小説としてご存じの人も多いと思いますが、「スタイルズ荘の怪事件」(1920年)から「カーテン」(1975年)まで長編33編、短編は50編以上あり、イギリスのITVにより、ドラマ化もされました。
そのITVの制作したテレビ番組の『名探偵ポワロ』シリーズを見ていたら、第43話「ヒッコリー・ロードの殺人」(Hickory Dickory Dock)の最後のほうで、イギリス料理に関するとっても面白いやりとりがありました。
ポワロと、仲のいいスコットランドヤード(ロンドン警視庁)の主任警部(Detective chief inspector)、ジェームス・ハロルド・ジャップとの会話です。
長くなるので少し省いて説明すると、ジェームスは、1週間ほどポワロのところでご飯をいただいたりしてお世話になりました。ポワロは、ベルギー南部のフランス語圏(ワロン地方)出身のベルギー人。会話に「メルシ―」とか「シルブプレ」とか出てくるし、また服装とか雰囲気に少しキザな(でも可愛い)感じがする人です。
そのポワロの家のお手伝いさんが作る食事は、舌平目のムニエルとか、野菜をゆでたものとか、あまりボリュームのない品のいいものばかりで、イギリス人のジェームスにはなんだかしっくり来ていませんでした。
そして1週間経って、自分の家にもどったジェームスは、ポワロに手作りのランチをご馳走しますが、そのとき「(お礼に)少しはまともな食事(proper English cooking)を食べてほしいからね」「これぞ、まともな料理だよ!(what I call food)」と言って、下の写真の料理を出します。
そう、マッシュポテト(mash potate)、マッシュピー(mashy peas)、そしてレバーの肉だんご(fagot)です。
ジェームスはいちいち名前を言って説明し、最後、肉団子については、「これがまた格別おいしいですよ」と強調して言うのですが、fagotには他に「ゲイ」という意味があり、ポワロは、そちらの意味を思ってしまいます。
その時、たたみかけるように「デザートには、スポテッドディック(Spotted dick)も用意してあるからね」とジェームスが言ったものだから、もう大変!
実は、Spotted dick(スポテッドディック)はイギリス料理で有名なプディング(お肉と一緒に食べたり、デザートになったりするもの)の一種なんですが、dickにはご存じのようにスラングの意味もあるため、名前が論争になったこともあるくらいなのです。
Spotted dick(スポテッドディック)の実物を知っていれば、まだ問題はなかったと思うのですが・・・。(小麦粉などにカレンツ・レーズンなどを入れて焼いたもので、プリンのような形だったり春巻きみたいなロール型だったりします)
ポワロは、「自分は、fagotにはアレルギーがあって食べられない。ベルギー人には多いんだ」とか「素晴らしい料理だけれど、どれも無理だ」と言ってがんばりますが、ジェームスは皮肉っぽく「それなら、dickにはアレルギーはないはずですよね」(=あなたは男性なのだから)と言って、ダブルミーニングで問い詰めるので、ポワロは「はい、ないです」と渋々答える、という具合です。
Spotted dick(スポテッドディック)が、何故こんな名前になったかは諸説あるらしいのですが、spotted はカレンツなどの模様を「ブチの入った」と表現したもので、dickは、puddingがなまって、だんだんそう言われるようになったのではないか、という説が有力みたいです。
一時、カレンツ・レーズンがポツポツ見える模様がダルメシアンみたいだと「Spotted dog(スポテッドドッグ)」と呼ぼうとか、dickの愛称、Richardならいいのではないか、ということで「Spotted Richard」と呼ぼうという動きもあったようですが、あまり定着せず、今もやっぱりそのままみたいで・・・。
1970年代、80年代にはイギリスの学校の給食でも出ていたそうです。そして最近は、BBCでヒットしたベーキング・コンテスト番組の影響などもあって伝統的なお菓子が見直され、今もこの名前のまま、好きな人も多いようです。カスタードクリームと食べると、とってもおいしいとか!次にロンドンに行ったら、ぜひ現地のものを食べてみたいな。
それにしても、イギリス人のアガサ・クリスティーが、こういうやり取りを書いているなんて、ちょっと意外でクスっとしてしまいますね。
このストーリーだけでなく、名探偵ポアロや、ミス・マープルには、いろいろイギリスのお料理やお菓子が出てくるので、面白いですよ。と思っていたら、こんな本も出ているみたいです。(Spotted dickは出ていませんが!)
『イギリスのお菓子とごちそう アガサ・クリスティーの食卓』